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Mariotトークセッション

隈:
これは東京で、ルイ・ヴィトンのプロジェクトです。
ルイ・ヴィトンの建築がどうして面白くなったかって言うと、もともとはピーター・マリノってアメリカのインテリアデザイナーがルイ・ヴィトンの建物をやってたんですよね。
彼はいわゆるクラシックなテイストで、シャネルとかルイ・ヴィトンとかやっていてルイ・ヴィトンの会長とも親しい。
そういう会社に入ってきたのが、エリックってOMAにいた人間で、OMAを辞めてルイ・ヴィトンの会社に建築の担当で入って、社長に進言したんです。
「もっと若い建築家に、それもその国の建築家にやらせた方が絶対におもしろいものができる。」要するに、「どっか外からアメリカの建築家がきて、今までの作風のものをばっとコピーして作るんだと絶対に話題にならないよ」って彼は進言して。
彼はOMA時代に九州のプロジェクトもやっていたので日本にもすごく詳しい。
それで青木淳さんとか僕とか妹島さんとかを起用して、毎回コンペとかはやるんですけど、このone表参道っていうのを表参道の角に作ったんですね。
こういう敷地で、フェンディとかロエベとか四つのブランドが入っていまして、僕がコンペでプレゼンテーションしたのは、木を使いたいと...
木を使って表参道の環境に合わせて、木とケヤキの道とのハーモニーを作るという、地球環境にもやさしいし、ルイ・ヴィトンの会社イメージ、要するに素材を大事にしてるってイメージとも合うのではないかとプレゼンテーションしました。
でも、木を使うのは法律的なものが一番難しくて。スプリンクラーが全部ここに入っていて、スプリンクラーで火災時は消火するってことで許可をもらって...スプリンクラー代が全部で四千万円なんです。
全体のコストから言うと、四千万円というのはそんな高くないんですよ。
例えば石を張るのとかに比べたら、木の値段は日本では安いんです。
トータル坪百万円の、かなりリーズナブルな建物です。
こういうロエベとかの内装は別にして、上の部分の内装外装でですね。

ここにはえているのがスプリンクラーヘッドです。
この小さなスプリンクラーヘッドから水がバーっと霧のように飛び出ると、大体2.4mの円をカバーします。
こんな細い隙間に入ってるのから霧が出るっていうのを実験して驚きました。
上下は木のスリットの隙間に入っているから迫ってて、ふわーっと霧みたいにでるんですよね。

面出:
暑いときはなにもなくてもフワーッとやってくれたら
(笑)

これがロビーで、これパイプシャフトなんですね。
この中に設備配管が下りてきていて、普通はこの設備配管の所を壁で囲うじゃないですか。
それをそうしないで、パイプで囲おうと。パイプシャフトをパイプで囲おうと。
細いアルミのパイプを10cmピッチでばーっと林みたいに垂らして、その向こうに本物の設備配管が目を凝らすと見えるという事なんですね。
こういうディテールになっています。これが階段室です。
階段室もアルミのパイプが天井から下りてきている。
階段の床は、避難階段の床も全部ガラスでできているというものです。
これが3階のレセプション、全面ガラスクロスで光る空間を作ろうと考えて、それで光る家具も作ろうとして、実は最後これが一番苦心した所です。
普通のソファってウレタンが入ってるけど、ウレタンって光を通さないじゃないですか。
それでどうやったら光が均一に回るかって事で、まずフレームは全部透明なアクリルが入っていて、その透明なアクリルの間にスパゲッティチェアってありますよね、透明な塩ビのチューブを巻きつけている椅子があるじゃないですか。
スパゲッティチェアと同じ原理で、チューブをアクリルの間に張り巡らせて、その上に透明なジェルを水枕みたいな感じのものにして、それをこの上に置いてクッションにしています。座るとブニュッてするの
(笑)

これは光は何が入っているんですか。

普通の蛍光灯です。
この試作だけで、最後半年くらいやっていました
(笑)...というような感じです。
今、海外で一番進んでいておもしろいのが台湾の第二故宮のコンペをやっていて、11月にプレゼンに行くんですけど、この前故宮の説明会がありました。
今の台湾の故宮って建物もあんまり良くないし、部屋なんかもめちゃめちゃですよね。
第二故宮は南の方に作って展示できないくらいものすごい宝を中国から持ってきてるじゃないですか。
それをなるべくそこに展示して、さらに中国のものだけでなくてアジアのコレクションもかなり出てきたから、日本とかタイとかのコレクションを混ぜて、アジアの文化の殿堂にしようというプロジェクトなんですよね。

ありがとうございます。隈さんのもっとたくさんご紹介いただけると良いんですけど。
今日のテーマのJAPANがCOOLか、という。COOLという言葉は「ステキー」とかそんな感じなんですかね。COOLな人だ、とか...

最近、文化の領域の人がCOOLを使うブレアがすごい若いアーティストたちと一緒にクールブリタニカって本を作りましたよね。
ヨーロッパだと文化はフランスって言われていたけれども、イギリスにもポップな文化があるわけだから、それをもっとビジネスとか国の力にしなきゃいけないって。


隈さんはCOOLな人だって言われるとにんまり...って感じですか?

良い意味で言っているか分からないですけどね(笑)

当然たくさんの国内の仕事もあるんだけど、中国や台北や海外に出る時と、こちらでやる時と、設計するという意味でのニュアンスや自分の気持ちとかが違う事はあります?

現場をどうコントロールするか。日本の場合ゼネコンがあるから、ある程度コントロールの仕方ってあるじゃないですか。
でも海外の場合めちゃめちゃになっちゃう可能性もあるから、そこをどこで歯止めを掛けるか。
初めてタイでやったプロジェクトなんかは、10年くらい前だったんだけど、それは本当に現場で苦労しましたね。
それに比べると経験積んでくると、どこをどういう風にコントロールして、どこを自由にして良いか、そのコツが分かってきましたね。


さっきの竹の話じゃないけれど、竹とかの材料なんかも、日本で使えばこうだろうとか。
同じ材料でも、中国では違った捉え方されたり、違った技術になってたりとか...そういうことはあるんですか? 

まず中国では、竹を本建築に使う事はないですね。
それを本建築に使えるんだよって言って例を示して写真見せてディテール見せて、その説得にすごく時間がかかりましたね。

COOL JAPANということで、日本人が随分元気だぞって励ますような対談にして下さいって言われているので、責任感じているのですが。僕は隈さんがすごく元気だと思うんですよ。
今すごく元気だし、いろんなことで隈研吾って言うのは日に日に自分の皮をむいて脱皮していくって言うか。
今はルーバー使ってやっているけれど また今度は違う言い回しとか、隈さんの中で新しい言葉が出てきたりするんだと思います。
そういう隈さんの元気の素ってどういう事ですか?
なぜ隈研吾が元気で、僕らをワクワクくさせてくれるのか。自分で言うのもちょっと照れ臭いだろうけれど。

自分のところに留まっている...アイデンティティってあるじゃないですか。
自分の建築家としてのアイデンティティみたいなもの。
例えば安藤忠雄さんだったらコンクリート打ちっぱなしというアイデンティティがある。
世の中はどんど変わっていくわけだし、一番大きいのが、自分自身ずっと同じことやっていると退屈するというのがあります。僕、安藤さんは偉いと思いますよ。よく退屈しないなって
(笑)

単純に言っちゃうと隈さんが移り気だって話とは違う?

それもあると思います
(笑)
自分が一番情熱を持って、例えばディテールの図面も一生懸命チェックするとか 図面作りの時にスタッフと一緒に夜中まで考えるとか。
同じことの繰り返しだと、自分自身あまり情熱が湧かないじゃないですか。
絶えず自分の中に情熱を喚起するにはどうしたら良いかって考えますね。

僕はすごくいい意味で隈さんは移り気だって思う事があるんですけど、昔コニシさんと話していたとき「隈というのはバウンダリがない人間なんだよ」と。
境界線というか自分が建築家であるという事をばっといつも捨てて、違う人の領域にきちゃったり。
隈さんというのは建築家という肩書きを持っているけれど、そういう意味では人との境界線だとか国境みたいのをわざと壊すのが好きな人っていうか。


これはコニシさんのオリジナルじゃなくて、原さんに言われたんです。

「隈はバウンダリのない人間だ」と言ったのは原さんなんですね。
誉め言葉なんでしょうね。

原さん自身がバウンダリのない方だと思ってるんだけど。研究室に行って、アフリカの調査をやろうと。
その時、集落の調査をずっとやっていたわけだけど、僕らはアフリカだと、アフリカって一番危なそうだなーとか言って。
風土病とか、すごいたくさんあるじゃないですか。
おまえ達の順番はアフリカだ。アフリカしか残ってないって言われて
(笑)

隈さんとか竹山さんとか最初すごく嫌がったって言う...

人に聞くと、やめといたほうが良いんじゃないかって言われるんですよ。
アフリカに詳しい人に聞くと日本の大学で研究とかで行ってますけど、大体交通事故で亡くなったり病気で亡くなったり、そういう方必ず出ますよって言われて。
本当にそれは文化人類学の人なんかで、そういう村に何年か留まってっていう人は非常に危ないって言うんですよ。
本当に殺されたりとか、トラブルに巻き込まれたりとかあるし、病気もいっぱいあるし、蛇は毒蛇だし、そういう所に調査に行くのかって、調べれば調べるほど不安になったんだけど。

原さんの持っている楽天性みたいなの...
「行きゃ何とかなるよ」って。
でも文化人類学の調査と僕らの調査はずいぶん違っていて、文化人類学の人って予備調査するんですよね。
いろんな文献とか調べて、ここに行けばこういう事が分かるだろうと。やっぱり彼らは調査が仕事だから。僕らは調査が仕事って言うか、基本的には新しい建築が見たいって好奇心で行っているから、予備調査って実はほとんどないわけ。
予備調査がなくて、よく最終的に報告書が作れるなって思うんだけど、僕らは設計やっているから、ばーっと見てそれを図面化していって、図面化できるって能力を使って報告書を作っているんですけどね。
その調査の時の、原さんのいろんなモノに対する関心の持ち方とか、そういうのを見ていて、建築家ってこうボーダーレスな好奇心みたいなものが必要なんだなって思ったんですよね。

隈さんがバウンダリがないって原さんが言っていることっていうは、むしろお言葉をお返しして、原さんのそういうところから私は学んだんですよ、という感じなんですか。

そういう感じ。

でもやっぱそれは天性のものなんじゃないかな。
覚えていないと思うんですけど、1998年って今から6年位前に僕達が2050年東京夜景って展覧会をやったときに隈さんにインタビューしに行ったんですよ。
2050年に東京の夜景がどうなりますか、隈さんはどうイメージできますかって。
隈さんは淡々と、これからは森化すると。
これからは屋外の生活になると。光の粒子みたいのがあるとか、どっかから照らしているのが照明だと言うけど、もっともっと局所的に輝くとか、そういうイメージを非常に鮮明に言われて。

今銀座の松屋デパート7階のデザインギャラリーで隈さんがそう言っているビデオが流れているんですよ。
行くと隈さんや原さんが2050年を予言しているビデオが見られます。
その辺の光に対する隈さんの期待というか、未来というか、今の状況とはずいぶん違うだろうと。そのことは建築のあらゆる様相にずいぶん影響するだろうと思うのだけれど。


光って言うのは人間自身の本質的なところと関係がかなり深いんじゃないかと思うんですよね。
例えば日本っていう文化と光が本質的な関係があるって言うのは、谷崎なんかも結局そういう事を言っているわけで、現代的な我々のライフスタイルと我々の光って言うのは、実は同じように深い関係があるんじゃないかなと思うんです。

例えば携帯電話の光と我々は、一番付き合っているじゃないですか。
自分のデスクで照らしている光よりも、パソコンの光よりも、実は携帯電話の光、実はあの小さな光と付き合っているっていうのが僕らの文化の本質と随分関係が深いんじゃないかなと思うんです。 

そうですね。そうですね。
明らかに建築とか都市とかより、こういうところの光物とかこういう光物とか
(※ノートパソコンや水のボトルを指し示しながら)のほうが、どんどん生活の中で変わってくる。
本当に僕らの生活の様相が変わってきて、それがインテリアや建築とかにすごく影響してくるんでしょうね。

隈さんの言葉の中で光の粒子、粒子化した光が森の中に散在する、
そういうイメージのことを言われてた。
だけども建築の中ではものすごく大きな、さっきのルーバーもそうだけど光の面ができる。
ルミナンスプレインができる。そういう光が点になって散在しながら、しかもその点がすごく大きな輝く面を作っていく。そういうイメージが僕もあります。