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Mariotトークセッション

 心地良い空間

川床
では再度、空間と音と光と人間の意識ということについて、戻りたいと思います。
鄭さんに、「あなたにとってもっとも心地良い空間はなんですか」とお聞きしたら「デザインを感じさせない空間」というお答えを頂きました。
光とか音を心地良く一つの環境に入れ込んでいく時、「デザインを感じさせない空間」の光や音はどういうものなのでしょうか?

心地良く感じるって言うのは多分、仕事を離れてという意味が入っているのかと思っていました。僕は旅が好きなので、そのときを思い描きながらそのアンケートを書いたと思います。
もう一つの回答で「老舗」みたいなことを書きましたが、老舗として残っているお店とか、自分がデザインしたというよりは作り上げられた、必然性があって残っている、そういうものに非常に惹かれます。「光がどういうものか」という質問ですが、旅をしている時は旅のモードに切り替わっているのもありますが、どっちかっていうと自然の光ありきっていうところはありますね。
やっぱり僕は建築をやっていたので、太陽光とどう対峙するかっていうところがまずあって、だんだん建物の中に入っていったところで初めて、昼と夜の関係で人工の光が出てくる。残念ながら順番としてはそういう感じはありますね。

川床
まさに安原さんにお聞きしたいところに来ました。
「自然光と人工光」あるいは「光の根源は太陽だ」という今のご意見に対して、自然光と人工光を「動と生」という言葉で書いて頂いていたのですが、この辺を少しお話いただけますか。

安原
自然光はもちろん単純に言うと、太陽光や月あかりの二つの光源です。星空でもっと遠いところからくる光もあるんですが、地球に影響を出す大きな光源というとその2つが代表として挙げられると思います。地球は皆さんご存知の通り回っていて、一日の移り変わりというものがあります。要は単純に動いているんです。
動いていることによって、光の角度が変わり、影の長さであったり、夕日が赤いように短い波形のものは消えて長い波形のものだけが届くということが起こっています。
それって動的な光だと思うんですね。それに対して人工光は、もちろんステージ照明やコントローラーを使うことで「動」を作り出せるんですが、僕らが普段やっている商空間に関しては基本的には「静」だと思っています。
「静」というか止まっているというか...
自然光から作り出されたひとつの絵みたいなもので、特に飲食店ではそういうところから出てきたものを更にフィードバックして空間に閉じ込めて非現実性を出してみるとか...その中で、人間が気持ち良かったり、普段とは違うものを感じたり感じさせたりってするために、一つの要素を切り取って、空間に閉じ込めている。切り取っている=止まっている、「静」だと。そういう風にとらえてファックスを書いたつもりです。

川床
音でも例えば鳥のさえずりとか水のせせらぎとか風のそよぐ音とか木の葉みたいないわゆる自然の音と人工の音っていう関係があると思います。
辻さんは、どういう風にとらえてお仕事されているのでしょうか?

建物なり空間が自然に自然音が聞えるところにあれば、自然の音が盛り込めるわけなのですが、都会の中ではそういう音が自然にはないので、人工的に鳥の声とか自然の音を出す場合もあります。
「都会の中の都会の自然音」っていったらおかしいのですが、車の音であるとか、ざわめきであるとか、そういうあえて人工的に録音されたものをちょっとアクセントとして流すとか、そういうテクニックを使う場合もあります。

先日、ジャン・ヌーベル展が大阪にきていました。
ジャン・ヌーベルも音・光を注目する方なのですが、私の事務所でもジャン・ヌーベルとコラボレーションをしておりました。
実際の展示会は現場の音を収録、スライドとリンクさせて見せるというやり方をしていましたが、私の事務所では作品スライドといった視覚的要素を一切見せずに、現地の音・いろんな国の音を混ぜながら、建築の空間を感じられるのではないか、といったコラボレーションをしました。そのサウンドデザインを進めるにあたって、音・音源自体は自然音なのですが、その音の出し方であるとか、それにプラスして今回特別に電子音(人工音)を加えるという事を試みました。つまり、自然音と電子音をミックスした音環境で、ジャン・ヌーベルの建築を感じるんだというものです。音源はポンピドーセンターが作って、こういうのがジャン・ヌーベルの空間の音のイメージだというものと、フランス・スペインで実際に収録した生音をミックス、5.1チャンネルのサラウンドで表現してみました。目をつぶって建築空間の広がりを感じ取れないかと。
そこには鳥の声が聞こえていたりって物件もありますし、都会の中の車の音が聞こえたりって物件もあり、そういうのが一つの空間の中で連続的に流れている。そして、それを強調するためにあえて電子音(人工音)を入れたのが結果的にプラスになりました。自然音というものを認識しやすいように感度が上がるんですね。だから今回の試みは実験的に非常におもしろい結果として私は受け止めています。

川床
安原さんの今までのお話は店舗とか、屋内の光のお話が中心だったと思うんですけれど、自然光というと例えば日本の四季とか地域の違いもあると思います。
明るい沖縄もあれば暗い北海道、山陰もあり、そういった光の中で、どう照明をデザインされているのでしょうか?

安原
ちょっとずれるかもしれないですけれど、顔合わせの際に鄭さんとも話していたんですが、日本の太陽の光と、ヨーロッパの太陽の光、砂漠地帯の光、同太陽・同建築であったとしても見え方は同じではないんですよね...という話をしていました。
北海道や沖縄であっても、天候・一年間の日照時間・湿度などで、やっぱり太陽光の質って言うのは変わってくるんですよね。
それに伴って素材の見え方であったり、「刺すような光」本当に強烈な光が得られたり、曇天時の多いヨーロッパでは、まったりと、ぼやーっとした光の中に建築が浮き上がっていたり。
そういうことから建築的な文化も変わってきたりするのかなって思うんですよね。
少し話が戻るんですが、自然光と人工光を戦わせてってお話があったんですけれども、まず人工光は勝てないですよね。
実際に昼光で戦う必要はないと思うんですけれども、しかしどうしても路面店とかの場合、客を引き込まないといけないので、そこでは「せめぎあい」みたいなのは出てくるんですけどね。そういう時には、面発光など輝度を持つものを店内に置くようにしたり、論理的なことなんですけれど、それをデザインに取り込むようなことを提案したりはします。それは少しでも店の奥行感を手前にある自然光に対して、照度では勝てないし、照度出せたとしても明るすぎる空間というのはかなり気持ちが悪いので、バランス良く、部分的に強烈な光を持っていくことで、直接的に戦うのではなく、感じさせるような光の配置をとったりします。

川床
今のお話をそのまま空間に代入してみたいんですけれども、鄭さん自身は建築の仕事の場合でもインテリアの仕事の場合でも、当然光は重要な要素としてご自分でもデザインをされるわけですし、場合によっては音も演出されると思いますが、ご自分の創作としてのインテグレーションは、どういうバランスなのでしょう。
特に、鄭さんがご自分でされる光のデザインっていうのはどういうものになるのでしょうか?

ちょうどやり始めたプロジェクトで、なんか建物自体が変わりつづけるみたいなものをずっと考えてたんですね。
今やっているのはスタジオなんですが、この間の話をフィードバックしながら、外壁どうしようかなって思っていて、太陽を味方につけた、太陽の紫外線が当たると、色が変わる。それに可能であれば四季によっても色が変わる、永遠に昼と夜とで変わりつづけて、日本の四季の中で建物の表情が一瞬たりとも同じ顔がない、でももとは白い箱。それができたらおもしろそうだなと思って、今やっています。

川床
変わる建物って言う言葉が出てきたんですけれども、まさに鄭さんは「既成概念を揺さぶり続ける」ことを生きがいにしているということなので、今後もそういったことがたくさん起こってくるだろうと思います。
そのお話が出てきたので辻さんのほうでお考えになった「移動する音」という映像を見て頂こうと思います。

このスピーカーは去年の東京デザイナーズブロックの時にデザインした新作なんですけれども、照明の配ダクスポットのようにスピーカーをつけるというものです。
配ダクに100ボルトでなく、音声信号を流すことで、まさしく照明のように自由自在にスピーカーがスライドできます。なぜこういうものを考えたかというと、サウンドデザインをしていまして、冒頭にもお話しましたように、スピーカーは通常は天井の中に固定されてしまうのですが、それを動かし首も振りたかったんです。これは音の陰影とも絡むんですけれども、直接人に降ってくる音、間接照明と一緒で音も壁に反射させたりして、反射とか直接音とか、先ほどお話したボリュームの強弱の各パラメーターによって音の陰影を空間に溶け込ませるという訳なんです。
さらにスライドできるのは、インテリアが変わったり、あるいは今の鄭さんのお話ではないですが、変化し続けるというためのものでして、やはり状況に合わせて、スピーカーも変えてみたい。それによって例えば一年前にこられたお客様が、一年後にこられたら雰囲気が違うと音の表情があるなと、自然なんだけれども違う自然さがあるなと、建築・照明に伴って音も変わっていくということは非常に面白かなと思います。

川床
鄭さん、今の映像をご覧になってコメントはありますか?

僕は大阪で実物を見せていただいたことがあるんですが、初めて見せて頂いた時にすごいなと思いました。
はっとすると言うか、音が見えるって言うか...
お恥ずかしい話なんですけれど、やっぱりお店作っていても、音って最後の方になって、よっぽどクライアントが音響に拘らない限り、とりあえずBOSEのスピーカー角に四つつけておいてみたいな指示で終わってしまうんです。
それが配ダクのところがスピーカーになっているっていうのは、すごいなって本音で思いましたね。

配ダクを2回路にすれば、1回路を照明にして、1回路に音声信号入れれば、同じ配ダクでスポットと共存できます。
鄭さんも仰っている、要素を増やさず機能を増やすという部分にも適合しているんですよね。

安原
今聞いていたら、音も一緒みたいなんですけれど、直接的に人に向けて音をあてたり、バウンドさせて聞かせたり、なんとなく遠くから聞えてきたりとかってことだと思うんですけれど、照明もやっぱり全く一緒で、人に当てないで壁に当てる光であったり、動きを出すために、わざわざ人が通るところに光を落として、人が通ることでフラッシュ効果を出して、わざと活気を出す。オープンキッチンとかでよくやるんですが、少し指向性の強いスポット系の光を使って、そこに光をおくことで人が動いたことで明るさ感が変化する。そういうようなことは考えながらやりますね。

川床
これは「もっとも心地よい空間」についての質問なんですが、「あなたにとってもっとも心地よい空間とは」という問いに対して、安原さんは「近代文化から生まれるノイズのないロケーション」(きれいな川が流れきらめきそよ風を感じ木漏れ日溢れるような世界)っていうサブが付いてるんですけど、このノイズのないロケーションっていうのはどういう状態なのでしょうか?

安原
自分光扱っていてなんなのですが、光ファイバーであったり、LEDであったり、ネオン管であったり、人間が無理やり作ったような光っていうのは、ある意味、自然界からするとノイズだと思うんですよ。
人間ももともとそういうものがないところから文化が発達して今に至ってるんだと思うんです。僕はアウトドアが好きなのもあって、森林浴だったり、小川の自然環境音楽であったり、自然の演出照明ですよね、その中に何時間かいると、日の角度が変わってきて違った表情がどんどん生まれてきます。その中でボーっとしていることが自分自身は一番落ち着くかなって思います。しかし近い将来、かなりのものがLEDに置き換えられていくとは思います。それは悪いことではなく良いことであって、ちょっと寂しいことであったりもするのですが、僕としては古き良き光と新しい光を上手に共存させていきたいなと思うんです。だからどれだけ光が発達しても、LEDがパワーを上げて置き換えられるようになっても、人間が本質的に持っているホッとする光というのは、LEDでは出せないと思います。だからそっちに全部置き換わるってことはありえなくて、共存し続けるんじゃないかなと思いますね。

川床
今日、僕が最後のほうで聞きたいと思っていたのは、光であれ音であれ空間であれ「物を作る」ことの目的は、おそらく自分自身が感動し、自分が作ったものによって人が感動してくれるということが、もっとも分かりやすいかなと思うんです。