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Mariotトークセッション


【 闇に戻す。白紙に戻す。 】

佐藤 例えば、闇とか、暗いとかということがとても嫌なものであるかのように、今の我々の生活の中から排除されてきていますよね。
昔、私がちっちゃなころは水洗便所じゃなくてトイレも暗かった。東京都だったんですけど。


面出 そうね。

佐藤 ためのトイレは、ご年配の方はご存知だと思いますが、夜、トイレに行くと、この穴の奥の暗闇の中はどうなっているのだろうかと、怖かった。

面出 怖いものがありましたね。

佐藤 怖かったですね。何かが出てくるんじゃないだろうかというような。

面出 ための底だとか、いろんなところに闇があることによって、その中に潜んでいるものを想像させるというか。

佐藤 その暗いところに何かいるんじゃないかと。
でもそれは想像力なので、実はものすごくいろいろなことを頭の中で想像するわけです。
皆さん、よくご存知かと思いますが、谷崎潤一郎さんの『陰翳礼讃』という本がそういうことを書いています。
闇というのは実は日本の文化、風土をつくってきたもので、とても大切なものであると。
しかし、公園から何から、それを全部排除しちゃってる。
危ない人が潜むから、暗いところを作らないでくださいと。


面出 そう。治安とか防犯とかというと、こぞって、暗いから犯罪が起きたんだとなる。
ここが明るいと、そこが暗いのは嫌なんですよ。
ここだけ明るいというのは不平等だとかね。
均一に全部そこからそこまで限りなく照らしてしまうのがいいんだと言われるんですね。


佐藤 でも、その人は何でそんなことがいいと思う人に育っちゃったのですか。

面出 何でだろうね。『マッチ売りの少女』でマッチをぱっとやると、暗がりがあるから、あっ、マッチが暖かいと思う。
光の隣には影が必ずあった。
だけど日本人は、光の隣にある影を要らないよと、住宅でも天井の真ん中に一つだけ第2の太陽をつけちゃえば、影が出ようがない。
また道路灯の設置基準も、路面を何ルクスに照らしなさいというだけではなく、均整度の下限値もある。
要するに、くまがあってはいけない、均一に道路を照らさなくてはいけない。


佐藤 面出さんでもお仕事で、具体的にそう言われちゃうわけですか。

面出 基準としてはある。
しかし僕たちは、必要な陰影、必要なところに必要な光を与えると不必要なところに影が残る、そういう設計をするほうが正しいだろうと思っています。
しかしながら、おおむね公共施設、例えばJRの駅とかには、どこにもくまがないですよね。


佐藤 くまがあるという言い方をするわけですね。

面出 照明用語じゃないとは思うけれども。くまがある。暗がりがある。暗がりをつくる。

佐藤 「わかる」ということが何よりも大切であると、優先されてきたと思うんです。
いわゆる暗いということは、その暗い中で何が起きているかがわからないわけじゃないですか。
言ってみれば、わからないものというのはノーにしてきたわけですよね。

例えばすべての仕事がそうであったように思います。
わからないことは絶対、イエスとはならない。
「わからない。ああ、いいですね」というふうにはならない。
「わからない。わかるようにしろ」というふうに進めてきたわけです。
だから結局、わかるようにするためにすべてのことが向かってきたと思うんです。
でも、実はわからないということがあるから、人はそこに興味を持つし、いろいろな想像力を働かせるわけじゃないですか。
だからわからないということは、実はものすごく重要なのではないかということを、デザインをやっているとすごく今、思うんです。

そろそろ少し映像のほうを。まず面出さんのいろいろな活動を見せて頂けませんか?

面出 僕は、美しい闇をデザインしようとか、陰影をきれいにデザインすることが非常に大切だ、光の過食症から逃れてダイエットするためにはどうしたらいいか、とみんなにずっと呼びかけています。

今日持ってきたのは、佐藤卓さんたちとやったキャンドルナイトという、夏至と冬至、年に2度、夜の8時から10時まで、電気を消してスローな夜をというキャンペーンです。
他には、「ライトアップニンジャ」と言って、子供たちと一緒にやったワークショップをご紹介しようと思います。


佐藤 はい、ぜひ。

面出 要するに、わずかなあかりを上手くデザインする、そういうことが大切なんだぞという、そういうワークショップなりキャンペーンです。

佐藤 これは昨年のキャンドルナイトですか?

面出 そう。昨年のキャンドルナイトは6月21日。
今年も多分19日か。夏至と冬至にやっています。
表参道のあのケヤキ道の商店街の方にも明かりを少し消していただいて、そこで2時間ばかり、キャンドル等を使って、「ああ、こんなわずかな光なんだけれどもきれいだね」と感じたり、またはその明かりを消したときの2時間の暗闇の中で「お父さんとこんな話、しない?」というものです。
要するに、みんなが明るさを一回リセットして、闇に戻って、そこから何かいろいろなことを考えようじゃないかというキャンペーンです。
文化人類学者の竹村真一さんに誘われて僕がこのイベントに参加したのが2003年ぐらい。
学生さん達がオリジナルのあんどんをキャンドルでつくったり、カフェにインスタレーションをしたり、それを持ち歩いてケヤキ道の商店街の中で行脚したりしています。


佐藤 私は途中から参加させていただいているのですが、先程の竹村さんとは水の展覧会を一緒にやりました。
このキャンドルナイトはすばらしくて、いろいろな美大やデザイン学校のチームで学生が作品を持ってきて、それをお店とコラボレーションして、実際にレストランでその学生がつくったものを使ったりするんですよね。


面出 そうそう。ですから学生が何人かで、そのレストランなりカフェの人たちとキャンドルナイトをどういうふうにやりましょうかと打合せをするんです。
お店のダウンライトも消してもらうほうがいいのですが、消せないところは調光器で明るさを下げたりもします。
そして、そこに私たちが心づくしでつくったキャンドルを何種類か置く。
お客さんにキャンドルのメニューを出して選択して頂き、そのときはキャンドルをともしてください等、なかなかいろいろな発想があります。


佐藤 ワークショップのような形で、学生が考えたものをまずプレゼンテーションする日があるじゃないですか。

面出 ありますね。

佐藤 面出さんや我々が見て、もう少しこうしたほうがいいんじゃないだろうかということを意見を述べながら進めていく、そのシステムがいいなと思います。

面出 やはりキャンドルですから燃えるものなので、安全なものでなくてはなりませんしね。

佐藤 ・・・・・火事になっちゃいますからね。

面出 もちろん消防の人は、公の道にそんな裸のキャンドルを置くことはできないと言われます。
神宮前小学校や、その地元の原宿、神宮前、その近辺の方々が、お母さんも子供たちも一緒になって自分たちのつくったあんどんに火をともして、それを手に持って行脚したりします。
子供たちも、自分のつくったティーキャンドルがあかりとなって町の中にきれいに見えてくるというので、楽しみにしてますね。
子供たちというのは、さっき言っていた闇夜を知らないところもまだあるじゃないですか。
だから、何かこういう闇夜を与えるとか、わずかな明かりについて考える、そういうチャンスをどんどん与えていくと、もっともっとよみがえってくるものがあると思うんですね。


佐藤 そうですよね。だって、ろうそくの明かりを見てない子供もいたりするんじゃないですか。

面出 家もオール電化になっちゃったりすると、例えばマッチで火を点けられない子供が、もしかしたらいるかもしれないですよね。
「火なんて見たことない。お父さん、たばこ吸わないし」なんて、火も煙も見たこともない、たき火ももちろん知らない。


佐藤 ほんとですね。香りもなくなるし、ばい菌もいなくなって無菌状態になって。

面出 それでいて闇も知らないですよ。

佐藤 気持ち悪いですよね。残念過ぎますね。かなり不自然ですね。

面出 そう。だから心して、子供たちのためにも、本当にきれいなものとか、本当に闇というのはこんなに恐ろしいんだぞという原点を与えて。
しかも、そういう闇の中に、ろうそく一つに火をつけるということはこんなに豊かなことで、こんなに明るくなるんだと。これは何ルクスじゃないですよ。
心象として明るくなるし、明かりをつけるということはこれだけ大切だと伝えたいですね。

さて次は、シンガポール「ライトアップニンジャ」かわいいでしょ、忍者なんです。
一番最初はDuxton Plain Parkという細長い公園を、幾つものチームにわかれて、許可を頂いて自分たちで、まず公園にある庭園灯というやつに帽子かぶせて暗くして、そこに、いろいろな光のインスタレーションをしました。
暗闇を与えられると、そこに光をインスタレーションというか、何かを与えようということは非常に楽しいこと。
しかし、東京にはなかなか暗いところがないんです。非合法で街灯を消しちゃうわけにもいかないので。


佐藤 暗いところがないというのも、考え物ですね。

面出 難しいですよ。
しかし暗くするためには、消すとか配線切るのではなくて、帽子をかぶせちゃう。消灯ではなく隠灯です。非常に楽しい。
こういうところで一人一人が自分で、環境に対して、緑に対して優しい光で何かをつくったということが非常に大切です。
これはその後、バリは凧揚げが非常に有名なのですが、みんなでバリに行って、その凧に電飾しました。
ライトアップウインド。風をライトアップしよう。
これは、東京からも武蔵美の学生もいろいろなものをつくっていったり、シンガポールからもいろいろな連だこをつくったり、村の人たちが持っているすごく大きな凧にLEDやサイリウムを取り付けて、非常に楽しかったです。
こんな大きな、もう100メートルも長い、要するにふんどしみたいなものをつけたような、そういう大凧が揚がるんです。


佐藤 これ、光のショーみたいですね。

面出 実際は風が少なかったので、あまり長く揚がってなくて、みんなが何回も何回も凧揚げに挑戦して、おもしろかったです。

これはケチャのダンサーです。
僕たちが持っていったサイリウムを持って、夜踊って頂きました。こういうことで、闇を体験するとか、闇の中だとLEDでもサイリウムだとこんな少しの機械なのに、ものすごくびっくりする。
わずかな光がこんなにきれいなのかと思うような体験がありました。
1日だけのことだったのですが、子供たちと、みんなでLEDのろうそくを使って自分のランタンをつくったり、非常に楽しんでやってくれました。


佐藤 このLEDの火は揺らぐんですか。

面出 揺らぐんです。すごくよくなってきました。
LEDがフェイクでろうそくを表現するというのは嫌だなと思っていたのですが、やはり現実的には、危なくなくそういうものが使えるということもあって、LEDがそういうふうに変わってきています。
ですから今年のキャンドルナイトも、キャンドルの行灯だけではなくて、キャンドルをつくったらLEDでもう一個つくるという、フェアに何か提案するのも良いのではないかと思っています。


佐藤 私も先ほどの携帯電話のときに、線香花火という光を準備しました。
LEDでそういうことができるというので。
いわゆる非常にかすかな揺らいでいる光です。
表現しようと思えば、結構出来るんですね。
グラフになっていて、数値を入力してつくるのがすごく現代的だなと思いました。


面出 それは、じゃあ、揺らぎの数値で入れたんですか。

佐藤 入れてくれました。技術者の方が...

面出 僕らも、ちゃんとろうそくの揺らぎを測定して、その数値を入れてLEDを制御しようとしたのですが駄目で、見た目でやったことがあります。
それは表参道のアカリウムだったのですが。
ただ、いろんなことができるようになってきていますよね。


佐藤 グラフィックデザインって紙でやることが多かったりするんですね。
白紙に戻すという言葉があったりするじゃないですか。
白に戻していって、白紙に戻してもう一回考えるというのは、グラフィックじゃなくてもよく一般的にも言われますよね。
光は、一回暗闇に戻すということですよね。
そして、ちょっとした光を点してみたときにそこで何が起きるか、どう感じるのかということを再確認してみようというようにね。


面出 そうですね。

佐藤 闇に戻す。

面出 グラフィックの世界では白紙撤回なんですね。

佐藤 白紙に戻す。

面出 僕は、白と黒とはもしかしたら同一人物なのかなと時々思ったりもするのですが、そうですね、白に戻す、リセットをするときに真っ白にする。
僕らは真っ暗に戻って、そこから光を少しずつということは同じことなのかもしれない。


佐藤 同じことなのかも。ネガ・ポジのような感じがちょっとしますね。