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Mariotトークセッション


富田:みなさんこんばんは。照明デザイナーの富田です。
北海道で初めてのマリオットクラブのイベントを開催するにあたり、「プロジェクト」というテーマで私に、事務局からお話がありました。

私の北海道でのプロジェクトといいますと、JRタワーをおいて他にないだろうということでお引き受けをしました。
そして、今ご登壇いただいておりますお二人にご一緒していただければということでお願いを致しました。

まず、今回のJRタワーのプロジェクト中枢におられて、全権指揮を執られていた臼井さんでございます。

それからJRタワーのデザインにも関わられております建築家の小林さんでございます。

小林臼井よろしくお願い致します。

富田:私は普段進行役などめったにやることがございませんので、非常に不安なのですけれども、お二人にお手伝いをいただきましてプロジェクトについて話を進めていきたいと思っております。

ざっくばらんにお話できれば、また個々に出席していただいている方がここだけの話をお聞きできるように進めていければいいなと思っております。
そして、最後は是非とも北海道が一層元気になるような方向性が見出せればと考えております。

それではJRタワーの核心に入る前に、お二人のご紹介も兼ねてお話を伺って行こうと思います。
まず始めに臼井さんからお話を伺います。
ご存知のようにJRは日本国有鉄道から民営化になり、独自の方向性を持ちながらいろいろな歩みをされて来ていると思います。
アウトラインを少しお話をいただければと思います。よろしくお願い致します。


臼井:JR北海道の臼井でございます。
国鉄からJRになりまして、もう19年目を迎えようとしています。
私は国鉄とJRの歴史が半々くらいになりつつあります。
私の専門はエンジニアリング、土木なので、国鉄時代には鉄道建設や新幹線の建設などの仕事をずっと担当していました。
JRになりましてからはそのような仕事は全くしておりませんで、鉄道事業以外の開発の仕事をずっとやってまいりました。

民営化になりますと、その会社の経営資源ってなんだろうということを色々議論します。
私どもとしましては、最大の経営資源とは駅であるという認識の中で、駅および駅周辺の開発にずっと力を入れてきました。
駅舎の開発というのは大変ありがたいことに、都市計画事業と一体で行われることが多いのです。
国や自治体の事業と一体に進んでいるという例が非常に多いものですから、ある意味では国の事業費の一部をいただきながら進めているので、日本の鉄道事業者というのは非常に恵まれていると思います。
ヨーロッパの駅はそういうことが非常に難しいようなのですが、日本は恵まれております。

JRタワーを私は6代目の札幌駅と言っておりまして、今後はあのような形のさまざまな機能を内包する “駅ビル”が、だんだん“駅”と認識をされていくだろうと思っております。
実はJRタワーは昭和63年に地上を走っていた鉄道が高架になり、その跡地を開発するということでした。
もう17〜18年ずっと関わってまいりましてやっと約3年前に完成したということで、それだけの時間を費やしたプロジェクトだったのです。
でもそればかりではなく、北海道の主要駅の函館、帯広、旭川というような都市計画事業、その建物を開発する前の基盤整備事業というのをずっとやらせていただいているので、もうずっと駅しかやっていないので、そういう意味では世の中に通用しなくなっているのじゃないかと多少心配しています。
しかし私は、これしかないと思い今後も様々な駅の開発を手がけていきたいと思っております。


富田:新千歳空港駅ですとか、一昨年の函館駅、日本のテイストとはまた違ったものをいろいろ取り入れられておりますけれど、その辺のところはいかがでしょうか?

臼井:それは、この会場に足を運ばれており、私より詳しい方も何人かおられるので、本当はその方に尋ねられた方が的確だと思いますが...

新千歳空港駅、それから函館駅は、いずれも私どもの姉妹提携をしておりますデンマーク国鉄の皆様にお手伝いをしていただきデザインしたものです。
新千歳空港駅は地下ですから、外観はなく内装を、函館駅は全体的にデザインしていただきました。JRになりましてからすぐの時期だったと思いますが、デンマーク国鉄とJR北海道がだいたい鉄道の営業規模も2千数百キロ、それから赤字の額もほぼ同じなのですね。
そういうことがあってとても親近感が生まれておりました。

また、北海道と北欧ということで気象条件などが近いこともあり、また姉妹会社でもありますし、それ以来、ずっと交流をしております。
毎年社員も行ったり来たりしている中でデンマーク国鉄にお手伝いをしていただいた駅が、今のところその三つということになっております。
こういったこと以外にデンマークとの交流という機会は中々ありませんので大事に育てて行きたいなと思っております。


富田:やはり何か様々な方向が出てきているということを感じており、それも一つの大きな要素として私は見ておりました。

臼井:ありがとうございます。

富田:それでは続きまして、小林さんに少し仕事を披露していただこうと思っております。
最近小林さんは朝日新聞の日曜版等にどーんと大きく顔が出たり、デザインの番組に突然登場したり、テレビ、新聞等でお見かけする機会が多くなっております。
やはり快適空間を創出していこうというところにきちんと軸足を置いて、いろんなことをやられているんだなとお見受けしております。
そのあたりも含めてお話下さい。


小林:はい。
これは東京駅のチップ制トイレですね。
東京駅はJR東日本ですけれども、トイレに関するニーズがピンからキリまでありました。
平均したトイレを駅としては作らなきゃいけないということでしたが、やはり『ちょっと高いニーズを持った人たちにどうするか』ということを考えて、チップ制トイレを作ったのですね。
次の写真は子どもを連れた人のトイレをどうするかということで、汽車の形の子供用トイレにしてみました。
子供用トイレはJRタワーの6Fにも作りました。

次の写真は東雲というところで、伊東豊雄さんや山本理顕さんらが東雲キャナルコートというデザイナーズマンションをやられている場所のすぐそばにある運河に沿った公衆トイレです。
公衆トイレを作るのは私は一番苦手ですね。
やはり、不特定多数の方がどういう風に使われるのか想像を絶するといいますか、予測を超えて使われるので、どんなことをやっても失敗するということがあります。
ここで考えましたのが“危険”ということです。
トイレで一番必要なのは、清潔で安全に使えることだと思います。
ここは外ですから、夜になりますと行灯化効果で中が見えるんです。
一番大切な排泄空間はもちろん見せないのですが、手洗いとかお化粧するところはいいだろうと。
その方が安全だろうというコンセプトでこういう形にしてあります。
この場所は、工場跡地をデザイナーズマンションにしているものですから、住み手が最初からわからないんですね。
古い住宅地で公衆トイレを作る時は、地元の人たちと共同で作ったりもするのですが、配慮しても顔が見えないというところがありました。
ここは江東区の方が管理されているんですけれども、一ヵ月に一回くらいは、自殺をする人が中にいたり、ホームレスの方が居ついたり...ということで、本当に雲をつかむようなところで設計をいたしました。
トイレの中は、右側にガラスブロックがあります。
江東区の方がおっしゃるには、人間暗いところにいると何をするかわからないので、ブースの中でも光を採りたいということで、周りをこう取りました。

東京駅の名店街・キッチンストリート、いわゆる駅ビルですね。
JRタワーでいえばアピアですか。
アピアは通りにトイレがありますよね。ああいったところにあるわけです。
そうすると不特定多数の人がたくさんいらっしゃって、それこそホームレスに悩んでいらっしゃる。それで、有料トイレになっております。

中は番台みたいになっていて、そこに人が座っています。
メダルを100円で買い、それを入れて利用します。
周辺には飲食店があるのですけれど、そこで飲食するとそのメダルをくれるのです。
だからそのメダルでトイレを利用したりもします。

なんとここでは、一ヵ所に2万6千人来ています。
男性女性でいうと男性の方が多いですね。
というようなことで都市の中でゆっくりできる、一時ほっとできる場を求めている、こんなところに需要があることを改めて感じます。
特に男の人は、朝通勤時間帯になるとここに並んでいらっしゃいます。
男性はトイレにこだわらない、というように聞いていたのですが違うのだなと最近思います。

次に新宿の京王デパートです。
新宿ではすごくデパート競争がありまして、伊勢丹、それから高島屋、小田急、そして京王があり、京王の生きる道というのは中高年の女性を狙うしかないのです。
「しかない」というのはちょっと語弊があるかもしれませんが、そういうことなのですね。
それでまたすごく成功しているところなのですね。
私たちがデパートの設計をする時は、便器数というのはちゃんとある基準がありまして、それに則ってやるのです。
デパートごとに例えば『1フロアに幾つ』と決まっていて、フロアの面積によってだいたい決めるのです。
しかし今回ここでは、1F〜8Fまでのトイレの改修でしたので、朝から晩までトイレの使用状況をカウントしたのですね。
そしたら一番多いところで、2千人/1日くらいが入って、一番少ないところでは、500人/1日くらいだったのですね。
こんなに差があるのなら、便器数が少なければ、狭いながらもあるスペースの中でゆとりをもって設計が出来る鍵があるではないかと考えました。

例えばこの階のトイレは、一つ一つのブースがそれぞれに違います。
一つはオストメイトに対応したトイレだったり、親子で入るトイレだったりします。
要するにデータを取ってみたら、いろんなことが分かってきたということで、それに基づいて作ったトイレです。

これは、先ほどの東京駅有料トイレの地下に、普通に入れるトイレも作ろうということで、お金をいれないで入れるトイレを作っております。

次の写真は、富山です。
マリエという駅ビルやデパートには物が氾濫しているので、せめてトイレに来た時には何もない無の空間の方が良いということになりました。
要はトイレって自分をリセットする場所だと思うので、そういう場所になるためには『無の空間』みたいなのがいいなと思い作りました。

次の写真は、町田の駅の前にあります公衆トイレです。
ここは市が管理するトイレですけれど、ここで依頼されたの「女性も使えること」。つまり女性は公衆トイレをあまり使わないので、女性も使えるような公衆トイレを作って欲しいという要望でした。
けれども、近くにデパートが2つくらいあるので、私は「ここは使わないだろう」と思ったのです。
ちょうど神戸の震災があった頃だったので、地震の時や災害の時にデパートは閉めてしまう、水洗トイレも使えなくなるという経験がありましたが、ここでは便器を割れば下に便槽があって、そこで一週間くらいは排泄ができるというようなの役割がよいのではないかと提案し、この公衆トイレができました。

このようなことを私はやっています。以上でよろしいでしょうか?

富田:ありがとうございました。
またJRタワーのお話で引き続きお願いしたいと思います。
それでは私の仕事についても少しお話したいと思います。

私は、照明デザインという仕事をしておりまして、JRタワーでもご一緒させていただきました。
他に駅がらみのものを少し多めに持ってきております。

これは、2004年に開通しましたみなとみらい線のみなとみらい駅です。
横浜からみなとみらい地区をつなぐ短い路線ですけれども、様々な建築家の方がそれぞれの駅で特徴ある空間を作っています。
そこで私は建築家の早川邦彦さんからお話をいただきご一緒しました。

建築家の方はこの土木のスケールで言ってみればくりぬいたような約直径20メートルの空間をどうやってヒューマンスケールに落としていくか、ということで苦労されていました。
私は、光ではどんな答えを出さなければいけないだろうかと色々ブレーンストーミングをしながら進めました。
早川さんの建物はがらんとした空間を白くし、船のようにしたいということでした。そこに特徴あるカラーをいろいろ付けていくという手法を取られていたのですね。
そこで私が出した答えは、その大空間の中になるべくヒューマンなタッチの光を入れていきたいということと、なるべく光が空間を巡る、この曲線の中を光が巡っていく空間を作りたいということでした。

プラットホームですけれども、駅と上の施設が貫通している非常に特殊な日本でも珍しい駅空間になっております。
そこにはポール灯を立てました。
また、プラットホームの先端の部分、実は駅で非常に重要な場所、いわば切り替わりの接線の部分なのですが、このあたりになるべく光をためるということで間接的な灯りをここのところにだけ入れております。真ん中は歩行の灯りを多少とっております。

これも駅ですけれども、高松駅です。
北海道の函館駅と同じように頭端駅と言うのですが、同じような景色の駅です。
この中央を構成しているコンコースの部分は、非常に高い25メートルくらいの吹き抜けになっています。
ここのところで人が通過していく演出をしようと天井に光ファイバーを入れています。
天井の灯のデザインとして、最初は80ポイント入れていたのですけれども、お施主様とも話をし、やはり四国は88箇所めぐりということで、何とかここに付けられないかとなりまして、結局88ポイント付けさせてもらったという経緯があります。デザインも頑なになっているといけないなと思いました。

次に、東京のアイガーデンエアという再開発です。
実はこれも駅がらみです。
ちょうどこの場所は中央線の0キロポイントがあった場所である飯田橋です。
その線路をそのままここに延長してきているという場所になります。そういった操車場跡地が新しい街に生まれ変わった例です。その外構の光のデザインをしました。

次の写真は2005年12月に竣工した『夜景の街・長崎』ということで長崎に架かった新しい橋です。
橋というのは、もちろんA地点とB地点をつなぐという役割に加えて、都市景観的な意味合いも非常に強くなってきており、その景観照明という観点から計画しました。
長崎はお祭りが非常に多く、年間60日くらいあるのです。
橋にはLEDが入っていまして、これが全てコンピュータでコントロールでき、お祭りの時だけコントロールされます。
例えばクリスマスの3日間だけ彩を採るということなどです。
日常の風景とお祭りが盛んな長崎の非日常の風景みたいなものを作ろうと計画しました。

私は、こんなことをやっております。