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Mariotトークセッション

松岡:次に、福岡の集合住宅でテルツェットという港がありますが、準工業地帯の、かつてはとても住居としては使えない地域と思われていたところです。

そこに建築をつくりましたが、前が公園で逆側が港なものですから、道路車線がほとんどないに等しいんです。
しかも準工業地帯で日影規制がないので、容積率200%ですが、ここはもうとにかく高さ勝負だと考えました。
高さの制限が非常に緩いので、立端
(たっぱ)を上げることがこの敷地の特性を生かすことだということで、この低層部分は階高4mあり、メゾネットで5.6mあります。

最上階だけは1戸ぽんと載っているペントハウスですが、これは高さで勝負ではなくて、視界が360度確保できるので水平方向で視界を楽しもうと設計しました。
室内空間よりデッキテラスのほうが広いような空間です。
低層部のロフト空間は4mの階高を最大生かして、寝る場所だけをどこか上に確保してあげればSOHOとしても使いやすい。Bタイプはお風呂の上に寝られるようになっていますが、海が見えるお風呂があるとか、敷地の特性と空間を最大限生かそうとしています。

メゾネットの部分は、L型の箱がかみ合うようになっています。
ラップしているところは下が広いか、上が広いかという形ですが、これは上にバスルームが載っかっています。お風呂に入ってテラスに出てビールを飲む。
別のタイプは下が広いんですが、キッチンがあってここで日曜日の朝食をとれる。

ここで、この建物が周囲に対してどんな関係を持つべきなのかをお話ししたいと思います。
ここは周りに塀みたいなものをつくっていません。
正面側にも裏側にも道路がありますが、ここに塀をつくったりしないことで、裏側の住人が敷地内を通り抜けて表側に行ってタクシーを拾ったりしています。

それから緑地部分も隣地側につくって、空き地に、駐車場か何かを建てるときに、一緒に緑地をつくりませんかと示唆できるようなものをつくっています。

夜は駐車場とエントランスで非常に明るいので、近所の人がよく通り抜けていますし、待ち合わせをしたりしている人もいます。
それを意識していたので、表の道から奧の道に向かって方向性を持つような照明を仕込んだりしています。

かなり立体的な建物なので、その立体的さというか、形が組み合っているおもしろさが引き立つような照明です。
住んでいる人からおもしろい話を聞いたのですが、この中にいる人から見ると、この地域はいつも光が動いているところなんだそうです。
夜にイカ釣り船とかがしょっちゅう、光をつけて海に出ていきますし、近くに長浜市場があるので、3時ぐらいから市場の光が動き出す。

それから、都市高速がこちら側にありますから、車の光がどんどん動いている。
夜の光が変化していくことを楽しむ場所だとおっしゃっていました。
敷地の特性を生かしながら、どんなふうに周辺との関係性をつくっていくかですが、結果的に1階をオープンにしているおかげで、逆に防犯効果もあるんじゃないかと、お施主さんにお話ししました。

最後のプロジェクトです。
「織物のフォリー」といいまして、冒頭の写真はアイランドシティーの中にあります公園の中の休憩所です。

アルミの構造物も、昼と夜の顔がいろいろ変わっていくことを楽しんでもらおうと、何か不思議なところがあって、男の子が女の子を連れてきて、「こんなすてきなところがあるんだ」と、非日常空間を楽しんでもらえるような場所にしたいと思いました。

最後にこれだけ説明させてください。
私の事務所はスピングラスといいますが、スピングラスの意味を1分でご説明したいと思います。
これは物性物理の言葉ですが、物質の電子に磁性の向き、それをスピンというらしいのですが、そのスピンの向きが非常に秩序だっているものは安定した物質なんだそうです。
どう安定しているかというとクリスタルのようにものすごく長い時間かかっても変成していかない。
そうでない、ばらばらなこういう物質は、時間がたつと変成していくものだと考えられています。
一方で、20年ぐらい前から、ばらばらなのに結構安定している準安定状態の物質があることがわかった。その状態はスピングラスと呼ばれ、物質としてはガラスなんだそうです。

ガラスは理論的にはいつか違うものに変成していくのだけど、有史以来、私たちとともにあって当面安定している。しかしスピンがばらばらである。
建築も土木もひっくるめて、人間がつくるものは私一人でつくっているわけではありません。
いろいろな人を巻き込んでつくるわけです。
そういう社会性を持つ人間がつくるものは、みんなが同じ方向を向いているなんていうことは多分あり得ないだろう。いろいろな人がいろいろな思惑であっちこっちを向いてかかわっているわけですが、それを取りまとめて大きな社会的目的、もしくは目標、役割、自分たちの責任を感じながら、次世代にどんなものを残していくかを考えるのが建築家の役割ではないかと考えています。

建築は長い時間のなかで部分的に変えられたり、増築されたりしていくと思いますが、それもある種の安定状態ではないか。それを大きな目でとらえながら、社会に物をつくっていきたいと思います。

角舘:ありがとうございました。
では次に、私の方からお話をさせていただきます。

千葉県にある銚子駅前のシンボル道路の計画です。
今から15年ぐらい前がメインで、いろいろな補助金の事業がいろいろな市町村にばらまかれまして、これもその一つで、駅前の活性化事業だとか、いろいろな項目の中でつくられたものです。
非常にお金がかかっていて、いろいろな意味で頑張っているというのが土木関係の方だったらわかると思います。

例えば車道に石を張っていて、横断歩道の境界部分も石で張り分けている。でも、こういうふうなことを協議していくことはすごく大変なことです。
こういう照明灯に関しても、車どめ等に関しても、海沿いの雰囲気を一応デザインとしてはまとめています。


ただ、大きな問題が一つありました。
冬の6時ぐらいのこの田舎の町は、当然夜だれも歩いていないわけです。
商店街も全部シャッターが閉まってしまうし、駅に降りた人は肉親が迎えに来たりだとか、バスで帰ったりだとかしています。
何が言いたいかというと、今ここにある光環境、この光の状態は、だれの何のための光なのかという問いに対して、だれもこれに答えられないと思います。
要するに、何が大きく間違っているかといったら、こういうインフラの整備、道路の整備と、町の人たちの生活、町の人たちのアクティビティーというものが全く合致していなかった結果なのかと思います。

そういう意味で、これから前半にお見せする写真群と後半の写真群は、ある意味合いをもって分けてきました。

前半の写真群は一言で言うと、道路だとか歩道が目立っている写真を集めました。
どうして道路とか歩道が目立つのかというと、例えば、シャンゼリゼ通りで正面に凱旋門があって、その向こうに少し新凱旋門も見えていますが、道幅は非常に広い、歩道もずらっと、20mぐらい両側にありますが、道が目立っています。
何で道が目立っているかというと、道路に対して街路灯が等間隔に直線上に並んでいるという、配列のルールです。
そのルールが、最終的にはその景観としてあらわれてくるんじゃないかと考えています。
これはベニスの裏の写真ですが、道が狭くて防犯照明をつけたいが、どこにつけるかというと道には立てられない。では、みんなで建物につけましょうということになりました。
みんなで建物につけるといったときには、自分の建物のファサードの真ん中につける人はいません。
大抵コーナー、コーナーにつけていく。
要するにこの光環境というのは、町並みのルールに従って照明が配置されているので、最終的に町が目立ってくる。
道のルールに従って照明灯を配置すると道が目立ってくる。
では、どっちがどういう可能性があるのかを、話していきます。

これはベトナムの市場ですが、だれが見ても市場だと、何か活気があると思うわけです。先ほどの銚子駅前は活気を感じません。
きっと1灯当たり200万円ぐらいするような街路灯がずらっと並んでいても活気を感じない。
ベトナムの市場は、単純に電球が並んでいるのに活気を感じるわけです。
ということは、本質的に町の人たちとどういうふうに光がかかわっていくかという解答をちゃんと出せば、お金をかけるという話ではなくて、その町の雰囲気、または人々の生活だとかいうものがちゃんと表現できるんじゃないかと思います。

これから「明かりからのまちづくり」というテーマでお話しします。

まず最初に、さいたま新都心のプロジェクトの説明をいたします。
ここは住宅整備公団が整備をして、当時、埼玉県と大宮市に移管するという事業です。
公団がさいたま新都心内で整備しているデッキ関係等に関しての建築部分で、私はデザイン部分の光環境を計画しました。

皆さんが見て、何かすごい、何かいろいろ床やベンチが光ったりしてやっていると思うかもしれませんが、実は、床が光っていますが床面照度が0 Lx(ゼロルクス)です。
土木のこういうデッキの世界で、床面照度が0 Lxで成立している例は、きっと日本中を探しても、今のところこのデッキしかないと思います。
何でこういうことができたかをご説明します。土木建築もそうですが、基本的には仕様書があります。
横浜市だと横浜市の仕様書があるし、国交省もあるし、そういう中にも当然照度基準があったりします。
これはどこに責任があるのかと、単純に言ったら国にあるわけです。
これはもうわかりやすい。要するに仕様書どおりにつくって、何か問題があったら国の責任にすればいいという話です。

ところが、ちょうどこの計画をやっているときに国交省から6カ年計画が出まして、そこには、仕様書どおりの設計から性能に合わせた設計に移行していっていいとありました。
要するにマニュアルどおりの設計から、そこの地域に合わせた設計を今後やっていっていいですというようなことです。

では、これを使おうということになって何か問題が起きた場合に、責任は誰に行くのかというと、設計者、施工者、監理者に分担されていくわけです。
では、照明をどういうふうに考えるか、ここでは人がつまずかないで歩けるという最低限の性能を、しっかりと得られるようなデッキの光環境をつくっていきましょうと説得しました。
デッキを使う人は決まっているわけで、地元の人や、または近くで働いている人が一回歩いてしまうと、どこにどういうベンチがあって、どこに段差があるかがわかります。
なおかつバリアフリーで真っ平らにつくっているので、ほとんどつまずくことがありません。
そんなことを説得して、このような景観になりました。
これは個人的にはすごくうまくいったと思いますが、一つ失敗したのは、デザイン性の表現がすごく強いので、僕が言っているような考え方が、この空間を見ただけでは相手に伝わらないのが少し残念だとは思っています。

このように、歩行者に対する道路照明の基準が、歩道、車道、といろいろなものに対してありますが、地域に対して住宅地ではどうかと考えると、交通量が多いところは照度を明るく、少ないところは暗くていいですとなると思います。
交通量が多いところは20Lx、交通量の少ない住宅地は3Lxでいいとは思います。

ところが、防犯性で考えていくと、女性が道を歩いていてどこが一番怖いかというと、駅だとか人が多いところは全然怖くありません。
交通量の少ない住宅地が一番怖いんです。

実は、終電間際で電車を降りて家まで帰る間がすごく怖いわけです。
そうすると、このいま言った照度基準は何なのかという話です。
照度基準での明るい、暗いが、防犯性を考えていくと、実は全く逆転していることがわかると思います。

今までの街路空間の概念は、こういう道をどういうふうに整備していこうかで終始していました。
これはある意味、整備しやすいだとか、役人がやりやすいだとか、いろいろな理由があったんじゃないかと思います。
しかし、道はもっと出っ込み引っ込みがあるじゃないか。
それは空間的な意味合いもあるし、例えば駐車場があったり、もう一つは建物の出入り口があるというふうな、本当は女性が怖いのは、出っ込み引っ込みの空間なんじゃないかと考えます。

そういうことで、横浜の元町の中通りで、3〜4年にかけていろいろ調査した内容をお話します。
最初に模型をつくりました。
ひとつは、電信柱に20Wの蛍光灯がぽんぽんぽんぽんとついている状態のスタディですが、これは道を明るくしましょうというものです。
要するに平均何Lx以上みたいな考え方です。
もうひとつは、道は明るくしません。
では、どこに光を置いているのかというと、さっき言った街路の、出っ込み引っ込みがあるへこんでいるところに光を置いていこうというものです。
言いかえると、街路空間ととらえたときの空間の境界部分です。
境界部分が認識できるような光を置いていこう、きっとこっちのほうが安心感が増すんじゃないかと、予想しました。

次に、実際の町で実験を行いました。
電信柱に20Wの蛍光灯がずらっと点灯している場所がありました。
どういう実験をしたかというと、まずは電信柱についている蛍光灯を全部消しました。
皮肉なことに、こちらのほうが安心感が増しました。
どういう項目が増したかというと「周りが見えるようになった」とか、「見通しがよくなった」という評価がすごく上がりました。今ある防犯灯を消したほうが防犯性が上がるという、不思議な結果になりました。

それをより強調して可視化しようということで、先ほど申し上げた、へこんでいる空間に光を置いて、へこんでいる空間の認知性をより高めてあげようという実験をし、現状と調査をしました。
結果、最終的にいろいろな項目がありましたが、二つ残りました。

一つは、「へこんでいる空間の認識度がどのぐらいなのか」もうひとつは「人がどれだけいそうなのか」。そういうことが防犯性にかかわる不安材料の項目になったので、逆にそういう部分を軽減してあげることのほうが、町としては非常に安心することがわかりました。
つまり元町では、今までの照度基準に対して、今言った空間認知と対人をメインで考えていこう。
そうすると、どうやらそこに本当の横浜元町の中通りに合った安心感が創造されそうだということが、このときにわかりました。