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Mariotトークセッション

東宮:CGで説明。  内原 最近は?

東宮:もう全部。
この間、たまたま1週間前に札幌に行ってきまして。札幌の駅前に、最初で最後の高層のマンションが建つんですけれど。


内原:なんで最初で最後なんですか??

東宮:景観規制で、そんな高いの建てられなくなったんですね。
そのプロジェクトが計画時点はまだそういうプランがあったので。そのヘリポートのホバリングのところのライティングを提案して、CGでプレゼンテーションしたんですよ。
その実験で行きました。

人間って大ざっぱなところが人間らしいところだと思うんですけど、CGによるシミュレーションと実験というシミュレーションによる実際の見え方が近似だったの。
あと、今回わかったことは、いろんなポイントで見たんですけれど、ポイントによって明るさ感が全然違う。まあ、それは当然だよね。
その傾斜面に光が当たっている角度が建物の真下だろうが、本当に町の外れに行こうが、その関係で人って、遠くても近くても明るさをとらえる力ってあるんだよね、目が...


内原:距離の二乗では反比例しないよ。

東宮:うん。

内原:飛んでくるぞ、ちゃんと。

東宮:うん。完全に反射の角度に立ったときには、きちっと明るさって。遠くても遠くても、やっぱり明るく感じるのね。
だから人間の目ってすごいなって思ったのと、事前に予測して、いろんな方法で光を予測して、プロジェクトの人たちとみんなで共有して確認するということのすばらしさというのは、1週間前にちょっとフッとこの辺が気持ちよくなったの。


内原:ホットなニュースで。

東宮:そういうふうに共有できる瞬間というのが、やはり照明のことで――照明や建築や工事の方も含めて、照明のことでつながれたというのは、最高の喜びだよね。

内原:そうでしょうね。
確かに東宮さんのお父さんを初め、今までずっとこういう職能を築いてきていただいた方からすると、我々のことをコミュニケーションする上でも相当もうわかっていただいている。事前に。
苦労はするけれども、多分、東宮さんのお父さんに比べれば全然スムースになってきていますよね。
そういうチャンスがいっぱいあるのに、もっとそのことでたくさんコミュニケーションしなければいけないのに、十分になされていないということについては、ちゃんとその部分に入り込んでやらなきゃいけない。
ものすごく大事ですよね、そういうシミュレーションとか...


東宮:そうですね。

内原:実際にみんなで立ち会って...たかが照明だけれども、時間をちゃんととってもらうと。
我々としてもそれはちょっと大変な責任を感じるけれど、やっぱり時間をとって。夜遅くまで一緒にいてもらうということは大事ですよね。


東宮:そうですね。表参道ヒルズの、3年前に、まして日進月歩でいろいろ変化のあるLEDの光源を使いつつ説得したというのはすごいよね。

内原:説得したっていうかね、正直言うと、デザインをアイデアで言っている限りっていうのは、なんかいろいろなことが言えるけど、3年後にこれが陳腐かどうかは非常にリスキーですって言いましたよね。
これだけLEDって進化が速いし、広告抑制というようなところは、提案として間違ってなかったなと思ったり。
ピッチを詰めてくれ詰めてくれって要求されましたが、頑固に詰めないというふうに頑張りましたが、まあ、やっぱりそれは、プレゼンテーションのときは正直に、そのリスクを一緒に自覚していただくのであればぜひ進めたいと思いますみたいな言い方はしましたよね。
大丈夫、大丈夫なんていうことはやっぱり怖くて言えないというか。


東宮:でも、そうやって正直に真摯に対応して、できて...それをいろいろな方が見るわけですよね。
今、LEDが情報を伝達する光のソースとしていろいろなところで利用されて、まして「クリスマスイルミネーションはLED」みたいな形になっているときに、そういう新しい技術を使いながら、これが伝えようとしているものは、明確だという情報ではなくて、もっと深いところのものを、皆さん、表参道ヒルズを見れば、何となく思うと思う、感じると思うのよね。


内原:すごいフラストレーション多いと思う。「何だ、これ。よくわかんねえぞ」って言ってると思うんですよ。

東宮:でも、その時点でもうまな板の上にのっちゃっているんだよね。

内原:まあね。

東宮:もう気がつかない、その辺についている蛍光灯とは違って。

内原:すごく難しいんだけど....長持ちするかなって。
それも今ちょっと悩んだりもしていますけれど。
いろんな景観論争のやり玉にも挙がったし、辛辣なご意見もいただいたし。あのプロジェクトを進めるだけでも、結構やる側は大変なことも多いんですよ。いろんな注目を浴びたりしてとか。

とにかく、原宿にもありますけれど、渋谷の交差点にあるLEDビジョンが街の中心の人の多いところにあるっていう関係性が、露出度が高いっていうものすごく短絡的な宣伝効果のために大面積の発光体になっているでしょう。
ああいう因果関係というのは、すっごく不愉快っていうか嫌じゃないですか。新しいニュースが出てきているはずなのに、ものすごく退廃的だなというか。
結局、お茶の間のテレビが、リビングの空間に1個ある環境と、街の中とがシンクロしちゃって、すごく嫌な気分っていうか。つけっ放しのテレビみたいな。
頭バカになっちゃったみたいな状態というか。何か、ああいうシーンっていうのをやっぱり、変えたいなっていうのがすごくありましたけどね。LEDの使い方として。
一粒一粒はちゃんとした光源なんだぞというふうに。ちょっと言いわけがましいけれど、したいなって。ビジョンはちょっと、光源という感覚から遠ざかっていますもんね。


東宮:そうですね。あまりにもリニアでね。

内原:なんかその……

東宮:欲望がないっていえばないことはないんだけど(笑)。だけどね。

内原:1個で何ルクス、あるいは1個で何ワットという、そのはかりやすい、はかりにかけやすい部分でプランするっていうことももちろん大事なんだけど、ここに書いてあるテーマみたいなことなんかは、はかりにかけられないこと。
そのはかりにかけられないことをプレゼンテーションすると、「そんなこと言ったって、だれに、どれだけの人にそれが伝わるんだよ」っていうことをよく言われるじゃないですか。
でも大事なんだっていうふうにやっていかなきゃいけない。
特に光を扱う我々っていうのはそういうところに、相当労力かけていますよね。
夜も現場行くし、朝からやってるし。


東宮:朝から電話がかかってくるからね、事務所にいなくちゃいけないし、みたいな。夜は夜で現場に行かなくちゃいけないし。
でも、本当はすごくどうでもいいことがとても重要で。そういう部分でいたいよね。


内原:そうですね。この間ね、ちょっとまたメンバーが集まったじゃないですか。そのときに、「ああ、その話いい」って言われたんで、今日、ここでしていいですか。ネズミの話。

東宮:ネズミ?

内原:ネズミの話。NHKの番組で、皆さん、たくさんごらんになったと思うんですけれど。
恐竜が出てきて、恐竜進化の後にどうやってほ乳類がこの地球を制覇するというか、進化したか。皆さん、みんな見てるから、別に私が偉そうに言う話じゃないんですけれど、すごく私は感動してしまいまして、恐竜みたいなでっかい動物がいる世界で小動物がどうやって生きていったかというと、夜活動をし始めたことで生きる場所を獲得したんだそうです。
夜活動をし始めるということは、動物が夜ポッと出るということは、目を閉じて動くことと変わらない。
今まで目で見て判断していたことを聴覚に頼った。音がよく聞こえるように耳骨が二つ発達(哺乳類の特徴)してというような経緯があるわけですね。

これは生物学の話だと思うんですけれど。一番度肝を抜かれたのは、その耳を使い始めてから前頭葉が爆発的に発達したというプロセスなんです。

これは私の意訳ですけれども、要は、人間は思考したり想像したりという領域をいっぱい持っていて、その可能性が進化の原初の段階で夜に踏み出したために生まれたというところがすごいショッキングな感じがして。見えないんだけど、音に頼るということは、その検知・予知能力が発達し、思考というパターンを生んで、思考がさらに想像するという領域に入っていく。そういう機能が一切なかったのが、目を閉じたことによって始まったという。そんなふうに聞こえたんだけど。

ライティングデザイナーに目をつぶられたんじゃ困っちゃうじゃんという話に聞こえるかもしれないんですけれど、そうじゃなくて。我々は、現実をちゃんと見せてるという傍らに、現実の情報以上に物が伝えるべき魅力というのは、この物自体が見えている情報量だけじゃないものが多分、後ろに沢山あって。それは見えない情報なんだけど、その見えない魅力というのを感じられるかどうかが感性であって、結局、それは対人関係で言えば思いやりになっちゃうんだけど。
すごく魅力的なというか、ちょっと目からうろこが落ちました。

要は、全部明るくしてしまうということは全部リアルの世界になって、想像領域が一切ない。
ほどほどに暗いということは、そのリアリティーにラップして想像領域がちゃんと残っている。
何か、ほどよい暗さってそういうことなんじゃないかなと思ったりするんですけれど、どう思いますか。


東宮:そうですね。逆に奥行きを感じたりとか、暗さによって奥行きが見えたりとかしますよね。

内原:その距離感を次のイマジネーションにつなげるには、均質であってはいけないわけですよね。

東宮:そうですね。だからネズミの話、その後に人間が2本足で立ってまた脳が発達するという過程がいろいろあるわけだけど、常に、当然私たちって見て理解してるつもりでいるけど、視覚だけじゃなくて五感を使いながら、その五感が何かリンクしたときに第六感、センスみたいなものが生まれて、その人の個性がはぐくまれたりする。
そのためにも、視覚に頼ってしまう、LEDの情報を常に垂れ流しで社会の中で流すことによって、どうしても視覚情報が強過ぎて、偏ってしまうことではない、もっと人間の可能性みたいなものが五感を、例えば明るさをちょっと抑えることで、触覚や聴覚などが刺激されて、視覚にも奥行きが出てきているということだと思うんですよね。


内原:本当はね、現場調整なんかで、パッと、我々がいいと思っている明るさにセットしたら、こんなんじゃだめだとやられちゃって、このやろうと思うこと多いんだけど。
一番説得したいなと思うのは、これじゃ見えないじゃないかっていう判断で、明るくゲージを上げちゃう。
だけど、見えている情報よりも大事な情報っていうか、感じなきゃいけないものがその中にはいっぱい詰まっていた。
でも、ゲージを上げちゃったら消えちゃったと。
変な話だけど。明るくしたことによって、本来伝わってくる情緒が消えてしまうということもあり得る。


東宮:うん、ありますよね。

内原:だから、なかなかそこは提案者が自信を持って明言していかないといけない。そうですよね、お金もかかるしなんて言っちゃだめですよね。
プライオリティーの順番を変えるということがものすごく重要なことで。
まあいいです、今度やってもらえればというふうに言ってはいけないんだなと思うことは結構多いですよね。
だめです、というふうに言い切っていかないと、なかなかことが成立しない。


東宮:だから、照明が求められる部分がいろいろな、もちろん、屋内の日中の環境をどうつくっていくか、夜間の屋外の環境をどうつくっていくか。
それを通して人間の24時間の生活の中で光がどうだと、いろいろな分野になっていて。
それは求められるプロジェクトの中で人と光の関係、こういう部分で考えてやるわけだけど。例えば、ちょっとネズミの話で関係あるかどうかわからないけれど、最後にいい?


内原:いいよ、いいよ。

東宮:暗いところじゃなくても……。全然、何か、ちょっと話がちょっと飛んじゃうから。いいかしら。

内原:ええ。引っ張ります、また。

東宮:ありがとう(笑)
人間の目って明るい環境の中で色や形をはっきり見る明所視、暗い環境の中で、いま内原さんがずっと皆さんにお伝えしようと思って一生懸命話している、その奥行きみたいなものを感じる目の機能としての暗所視という目の感覚が、網膜のある部分を使って物を見るという。
それが目だけじゃなくて、いろいろな人間の感覚を刺激して、考える、思考する、知覚するみたいな、人間の本来のところに深くかかわっていて、夜に昼を再現する必要はないと。
暗さの中に十分な心地よい暗さというものをつくっていこうという話なんだけど。明るい環境で自然にスイッチが切りかわる明所視を、暗い環境になって自然にスイッチが切りかわってしまう暗所視なんだけど。やろうと思うと、明るいときでも暗所視にできたりするのよね、人間の目って。
網膜の使い場所って、自然にスイッチが切りかわるだけじゃなくて、訓練というと変な訓練だけど。


内原:あれでしょう。カメラの感度を上げる、ゲージを上げるみたいなことが、脳と目の間でスイッチを切りかえる効果は必ずありますよ、というようなことですよね。

東宮:うん。できるんですよね。

内原:ビデオカメラ撮っていて、暗いからってゲージをポンと上げると、何となく感度が上がる。
カメラのダイナミックレンジ、狭いから上に上げる。
人間の場合もちょっとそれが……


東宮:できるのね。何でできたかっていうと、明るい日中、外を歩いていて、例えばバス停の影が……。
影って黒からグレーまでのグラデーションじゃない、普通。青のグラデーションで見えるのよ。それは確実に切りかわっているわけよね。


内原:要するにそれはブルーモーメントとかじゃなくて。

東宮:うん。日中。

内原:脳が切りかわると感度の高い色素によって見える。

東宮:うん。なんですね。人間て、結構、そんなことをやろうと思えばできちゃうんだなって。

内原:生理ではなくて意図的につくれるぞと。

東宮:うん。だけど、その意図的も、絶対そうやって見てやるぞと思ったらだめなのね。ボーッと見てるのね。ボーッって見るという状態が暗所視の状態なのよね、きっと。
ボーッって見るぞ、脳にそういう信号が行きます、そうすると影がブルーに見えるのよね。


内原:何が言いたいか、ちょっと難しい話なんだけど。

東宮:影がブルー、青い影っていうけど……

内原:ボーッと脱力してるっていうか、意識的じゃなくて、錯覚っていう言葉があるけど、何となくそうだと思い込むと、その環境になってないのに……

東宮:目のスイッチは切りかわっている。

内原:なるほどね。

東宮:まあ、そんなことやるのはライティングデザイナーくらいかもしれないけれど。

内原:それを、デザインでほかの人に感じさせることができるかもしれないということにつながるんですか?

東宮:そこまで考えてないんだけど...

内原:やってみようとする人なんかいないぞということね。

東宮:...というか、ネズミが夜、目をつぶることによって勝ち得た、獲得したものも、人間がふとしたときに2本足で立って、脳がガーンと大きくなって、人間という生活、社会というものが生まれたとかいうきっかけって、そんな何か。当然と思っていることがふっと生活の中で切りかわったときにそういう変化って生まれるんじゃないのかなって。
だから、当然、照明ってそうだとか、光と人間の関係ってそうだとか、ずっとお勉強してきたことってそうだとあるけれども、それをふっと違う角度から見てみると、いろんな可能性が21世紀もあるんじゃないのかなって
(笑)

内原:なるほど。そこへ行きますな。ごめんなさい。全部理解していないかもしれないけれど。

東宮:すみません。 思いつきで...