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Mariotトークセッション

内原:京都のプロジェクトというのは、実は私の出身地でもありますので思い入れというのも非常にあるんですが。
最近もアメリカ人に、「京都に初めて行きました。だけど、本当は1週間滞在するつもりが2日目に帰ってきちゃった。ものすごくショックを受けて、大変残念だった」ということを言われました。
それは多分、駅前とか、いま非常に開発が進んでいて、どこに一体京都の街があるんだと、部分的には美しいけれども、本当の都市の力みたいなことを全然感じなかったという事だと思います。
アメリカでは、ここをどうしても守りたいというときに、デベロッパーが入ってきたとき、住民がお金を出し合ってその土地を買い占めたりするそうです。


日本ではそういうことが、トピックスとしてもなかなか聞こえてこないですが、やはり良いと思うものには、自分たちが労力やお金も含めて出さなきゃいけないんだなと思いました。

京都の歴史というのは、皆さんもよくご存じですけれども、膨大な情報を持っていて、新しい先端の施設と古い物というのは、物理で判断すると、最終的には古いものをどこかで償却していきながら刷新していかなければいけないという宿命がある。ところが、昼と夜の時間に分けると2倍、キャパシティーができるんじゃないだろうかということがポイントです。

その中で見ていただいているように、我々はただ明るくしたことによって昼間を再現するということが目的ではないのです。
そこがやっぱりデザインのポイントだなと思っています。
今日のテーマに沿うかどうかはわからないんですけれども。

例えば、金閣寺のライティングで私が一番こだわったのは、金閣の金をできるだけ明るく反射させることではなくて、最も反射率の高い反射材を使ってあえてシルエットにすること。
そのことのコントラストがすくショッキングなので、闇ということに対して注目ができる。しかも金閣寺の金箔を張る前の漆黒の漆の仕上げがものすごく大変な作業なんですけれど、そういう知られない工芸としてのものすごい情報量も秘められています。
そういうことを私もプロジェクトを通して初めて知って、なんとか光で見せていきたいと思ったりしたわけです。

実は3年前くらいに我々は、事務所の中で、いま携わっているプロジェクトを少しずつ区分しながら、それぞれのコンセプトというか、テーマを考えていこうという事をしました。
そうすると地域デザインというのがすごくうちの事務所ではウエイトを占めているなということがわかって、力を入れるようにしています。
地域デザインとは何かっていうと、都心、都会から離れたところという意味ではなくて、例えば私どもで、六本木ヒルズのクリスマスイルミネーションのデザインを担当させていただいたりしていますが、事務所ではクリスマスイルミネーションは地域デザインという位置づけです。
それは何かというと、全く白紙の状態から開発されるプロジェクトがいろいろなデザインのノウハウで構築されるというのとは違って、もともと住んでいる人がいるかどうかということなんですね。
もともと住んでいる人がいるということは、それなりの情報・価値がその地域に浸透して積層していて、当然、我々はそういうものをリサーチしながら拾い上げていかなければいけない。
デザインをゼロから全部つくるということではなくて、そういうものを拾い集めながら、実は再生するというか、全く新しいものをつくるというのとは別の作業が非常に多い。そういうエリアの仕事のことを地域デザインというふうに、わざわざ事務所の中で位置づけています。

これは愛媛でイベントとして行った例ですが、この窓明かりなんかは、ライティングデザインとしてこの街に対して何ができるかを、いろいろな座談会で、窓の明かりをきれいにちゃんと見せようという提案しながら決めたことですが、これを実現しようとすると一軒一軒お伺いを立てに行かなければいけないんですね。
鈴木さん家に行って、斉藤さん家に行って、田中さん家に行って。
田中さんは今週休みだったけれど、来週また行かなきゃいけないとか。全部白熱色にしたいから電球を入れかえるとかいうお願いをするには、工事にも入らなければいけない。
電気もそれぞれの住宅の電気を使わなければいけないということで、一軒一軒説明して回らないといけませんでした。


東宮:それをやっていかれたんですか?

内原:言ったはいいが、そこまで想像していなくて。「窓明かりが出てたらいいよね」と言ってしまって。やろうと思ったらものすごいことになって。

東宮:すごいことですよね。

内原:うん。でも、結果的に限界はあって。もちろん、すべての人の賛同は得ていないですけどね。
いきなりおじさんがガーッと出てきて、「うるせえ、帰れ!」と言われたりね。
ただまあ、結局、新規のデザインとは全然違うプロセスなんですが、もともと住んでいるというところに入って何かするというのは、アプローチの仕方が全然違うスタンスだなということに気づかされた。意外とそれはおもしろいなあというふうには思っています。

実は京都に昔、星まつりというお祭りがありまして。ご存じかどうかわからないんですけれど、現在でも京都では年間2000のお祭りがあるんですね。
年間2000のお祭りっていうことは、1日に5〜6個あって。それが全部マンパワーで何百年も継承されている。
ところがなくなったお祭りもたくさんあるんですよ。
鴨川の星まつりというのは、なくなったお祭りの一つです。

東宮:星まつり。すてきな名前ですね。

内原:うん。すてきなお祭りなんですけどね。ちょうちん持って集まれっていうんですよ、鴨川に。
長屋の込み入った町からポッと川に出ると、視界に障害物のない河原ではそのパースペクティブがすごいから。自分で持って行ったちょうちんで何百人の光が天の川のように見えるという、光体験をさせるためのお祭りがあったみたいです。
京都での再興を願っていますが、愛媛で提案して実現したものです。


東宮:あれですよね。光って、やはり、日常、無意識に浴びている光が変わることによってすごく意識されるものじゃない。

内原:そうですね。

東宮:明るさって暗いところがないと理解できないし、光の色も白い光がないと色温度の低い光が理解できない。知覚できない。
人間ってどうしても相対的に、その違いでそのものを理解するという感覚を持っていると思うんですけれども。
だから生活の地域デザインをするということは、その地域の人たちの明かりへの認識を高めるといったらちょっと大仰ですけれども、再確認していただく、とても重要なお仕事ですよね。よく、でもやるよね。すごい。


内原:いや、あの、たまたまそういう機会が多くて、ちょっと集まったから偉そうに言っているだけなんで、率先して本当にやっているのかというと、ちょっと自信もないんですけれど...
そういう中で、こういうふうにしてワーッと地方に行って、地元の人と一緒に渾然一体としながらやる仕事って楽しいので、スタッフのメンバーがみんな手を挙げて行くんですよね。
やりたいって。1週間くらい現場に行ってもいいようなシチュエーションになると、結構リフレッシュして帰ってきたりします。

独立して前半にコマーシャル(商業施設)の照明計画が多かったのが、何となく我々も不思議なんですけれど、
この時期に率先してやっていたことというのは、例えばこの商業は全部ハロゲン球でやっています。
商業施設というのはランニングコストが非常に厳しいんだけれども、これだけでかい物体とかディテールにハロゲンが使えるということは、基本的なランニングカリキュレーションではあり得ないことなんですけれど、調光を使うということで演出と寿命を生かしています。
大阪なんですけれど、大阪に行くたびにまだついているかなと思って心配して見ているんですけれども、まだついているようです。

これはアークヒルズっていう都内のプロジェクトですけれども。
実は、今から7〜8年前くらい前に初めてデベロッパーにプレゼンテーションをしたときに、ライトアップをするようにと言われて、あえて150メートルの頂上から1本だけスポットライトを当てるというプレゼンテーションをしました。
ちょっとこれは戦略的ですけれども。たった一人の人にスポットライトを当てることができる光というのをテーマにしていこうというようなことをコンセプトにしました。

仙台の方はすごく新しもの好きなので、多分ここにいる方もほとんど六本木ヒルズとか行かれていると思いますけれど。
六本木ヒルズは、実はたくさんのライティングデザイナーが参画したりして、全体のディレクションは、ご存じかどうかわかりませんけれど、LPA
(Lighting Planners Associates)の面出さんという方がやられています。
私は部分的に担当しただけなんですけれど。このプロジェクトで3000ケルビンの光ということがテーマになって、それぞれの持ち分のデザイナーのレギュレーションを守りながら、夜に統一感のある光環境とを構築し、これだけの面積、12ヘクタールくらいでコントロールされているというのは大変新しいのではないかと思います。
今度行かれたら、一度そういう目で見ていただければと思います。

羽田空港も非常に業態変換してきているデザインがどう変わったかあるいは、モダンかどうかよりも、空港ビジネスというのが、ただセキュリティーを厳重にして、安全に飛行機を飛ばすということだけじゃないということが大きなポイントです。
そういう流れの中で、顧客、使う人たちのさまざまな声を集めて、ホスピタリティーが重視されています。空間利用に対する価値創造の領域がふえてきているということです。

建築の機能というのは非常に構造的な部分が優先しますけれど、そういう多元的な価値創造をだれが実現するかというふうになると、やはり照明が大きなウエイトを占めてきているだろうというふうに感じています。
例えば、セキュリティーや厳重な管理体制があるんですけれども、そういう中で、今回提案したボトムの光が受け入れられたということも、すごく我々としてはうれしいし、それだけの厳重な安全性の問題がありながら、飛行機についた人の印象ということのプライオリティーを上げてきてくれた。
管理者、運営者が。そういうプライオリティーの順番をプレゼンを重ねながら1個上げる。このひとつランクを上げるというところが、実はすごく今、重要な気がします。

取捨選択をして、やはり後回しになっていくということが毎回あるんですけれども。
光の重要性、あるいはこういうエモーショナルな価値観というもののプライオリティーを上げる。
これはやはりいろいろな総力を挙げていかないとなし得ないことなんですけれど、だんだんそういうフィーリングになってきているかなと感じますし、ライティングデザイナーも、きっちりとスキルを上げて対応していかなきゃいけないんだろうなと思います。

例えば空港の、800メートルくらいコンコースがあるんですけれども。蛍光灯をグリッド配置に均質に並べるのが日本のセオリーですよね。
多分それには安全や機能面の問題がある。
この写真、8メートルスパンがあるんですけど、それを全部左右に寄せてしまって、このエリアを照明した。
これだけに、1年以上の説得がかかったんですけれども...
ランニングコストの計算からメンテナンスの方法とか、ハードルはたくさんあったんですけれども、受け入れてくれたというところがやはりすごい大きな転換だと思っています。

ものすごい駆け足ですが、こんなこともやりました。六本木のこのイルミネーションで得難いのは……。実は、タイミングとして我々はいろいろなことをニュースバリューとして提示する機会もあるんだなと。

実は今になって、クリスマスのイルミネーションにLEDなんか使うものじゃないかなと後悔もしています。
実は、先ほどちょっとご説明した、六本木ヒルズがもともと3000ケルビンの環境だということがなければ、私はここでLEDを使わなかったと思います。
そういう相関関係の中で、たまたまLEDが時代の中で見えてきて、LEDの選択は周りとの環境のバランスの中で決められたこと。その後があまりいい影響を残していないので心苦しい感じがします。

LEDはなかなかどうまとめていいかわからない、試行錯誤が続いているんですけれども、失敗例もたくさんあります。
表参道のプロジェクトも、これは安藤さんが外壁を建物の部分を発光させたいということがもともとあったんですけれども。
これは、実は8センチくらいしか乳白ガラスから後ろのバックボードまで距離がなくて。ドットも消し切れないし、広告宣伝に使われてもいけない。

実はこのスペックを決めたのが竣工前、3年前です。
3年前にプランしたものが、竣工時に古かったらどうしようとかいろんな心配もありました。
270メートルの面積に2万灯くらいLEDを使ってしまっているんですけれど、一切広告には売れない仕様にしてあるんです。というのは、この1ポイント1ポイントのドットのピッチが180ミリのドットピッチになっているんですね。
今やLEDビジョンというのは4ミリ、3ミリ、2ミリかと言われている時代に、これだけラフなピッチを絶対縮めずにきた理由というのは、描けきれない発光体をつくりたかったというのが大きなコンセプトなんです。

描けないというのは、要するにテレビのような情報にならない。宣伝媒体にならない。とすると、それは非常にアーティスティックで、イマジネーションの中で反応する芸術的なものでなければいけないと主張しましたが、相当いじめられました。
つまり、「内原のデザインは、1メートルも売れない」といって非難をされたわけです。
今もちょっとそういう傾向にあるかもしれないんですけれども。ただ、ビルボードになってしまうということを、防ぎたかったのかもしれません。

今、都内ではすごい高層住宅関係のプロジェクトが頻繁に起こっていて...そういう中で少しずつ我々の仕事も変わってきている感じを受けています。
光のトーンを、できるだけ抑揚をつけて、もう少しメンタルな部分に踏み込もうという段階にきているかなと。
単純な情報や刺激というところの振動から、少しそういう光の粒子の動きが違うところに踏み込めるようになってきた。それがちゃんとユーザーにも伝わるようになってきたというフィーリングをすごく強く感じています。

そういう表現の中で、今日のテーマについて、東宮さんと全体を通して医、食、住に共通するホスピタリティーについて、今日は話してきたつもりなんですけれども、まだまだこの光の魅力というのは限りがないかなと。

最後、ちょっと、もうオーバーしていますよね。大丈夫ですか。まだこれから話さなきゃいけないんだもんね。


東宮:そうね。

内原:光が見えることというのは、東宮さんにもちょっと聞きたいんですけれど、我々ライティングデザイナーというのは、光をプラスしていくプランのように思われていて。「どれくらい見えますかね」とかということが割と照明の役割として大きいじゃないですか。
ところが多分、我々がやっていることというのは、どうもそれだけじゃないことが多いですよね。

東宮:そうですね。

内原:それだけじゃないことがものすごく多いんだけど、なかなかこれは、労力が認められないことをあえてやっていますよね。
そのあたりのこだわり方というか、バランスの問題もあるんですけれど、どんなふうにされていますか?

東宮:私の場合、たまたま父が照明の仕事をしていた人間で、そういう多分、内原さんのところのボクなんかも同じようなことになるとは思うんですけれど、家庭でそういう物心ついたときからそんな環境にたまたまあったんです。

デザインをやろうということになって始めて、デザインをする、何かクリエイティブな仕事をするというのはいろいろあるんだけれど、やはり新しいものを見てみたいということってあると思うのね、すごく重要な動機としてあると思うんですよ。
そのときに光・照明の世界に入っていこうとしたときに、やっぱり太陽の存在ってすごく大きくなかった? 人って明るさを求めてるんですよ。人の体は。
本来、太陽との関係の中で築かれてきたもので。
だから明るさが基準になるというのは必然的なことなんですよね。これはもう、どうしようもないこと。


内原:じゃあ、暗いのもいいよと言っている我々はちょっとバカですか。

東宮:いや、そうじゃなくて。
だけどそれが動物じゃなくて、人間の人間たるところだと思うんですよね。
やっぱり何か新しいものを見てみたい、新しいものをつくってみたい、手にしてみたいというのは人間の思いじゃない? 
新しいって、古いものがよくないとかいうことではなくて、見たこともないものを見てみたいと思うのも、人間の人間たる動機だと思うのよね。生きていく上で。

それで、明るさを求めてしまうんだけど、太陽が人に提示するものだけがすべてではないんじゃない、と思ってやってるわけですよ。
光に関係するいろんな職種、仕事の方々は。じゃなくて、それに匹敵するくらい、やはり人間に何かを与えるようなものをつくりたいとか、思い、考えてみたいというふうに思うんじゃないのかな。
やっぱりそれが、ついつい足し算になって、明るさが基準になるけれども、いま見ていただいた内原さんのプロジェクトとか、私とかが一生懸命考えているということは、ただ明るさを足して明るいものをつくっていくのではなくて、最終的には暗さをどうコントロールして、空間をつくっていけたらいいのかなと思ってやっていますよね。


内原:光をどんどん足して、その足した光のプランをしてくれた、どうもありがとうっていうのと、いや全然バランス的にはこんなにたくさんいらないんですよ。もっとミニマムにギリギリでも大丈夫ですということをちゃんとコントロールしたときに、我々のソフトウエアが本当に認められることになりますよね。

東宮:ありますけれど、それを認めてもらうために一生懸命話したりとか、やってるんですよね。

内原:もちろん、そうですよね。時間はかかりますよね。

東宮:すごくかかりますよね。

内原:時間かけても本当にわかってくれたかどうかも、ちょっと不安だったりしますけどね。
竣工完成のときに一緒に回ったら「こんな暗かったっけ」とか言われて、「あれ。暗さを楽しみましょうって言ってたじゃないですか」みたいな。


東宮:なかなかね。同じものを見ても同じ赤とはとらえないように、人の頭の中というのはね。

内原:明るいことが、芸がないねとか単純でよくないねって否定しているわけでもないんですよね。
やっぱりバランスというかがすごく重要。でもなかなか、そのバランスの落としどころをコントロールした上で事前に共有したり、あるいはプレゼンテーションで人を説得したりするというのは相当難易度は高いですよね。


東宮:そうですね。

内原:何かありません? そういうときの秘策みたいなの。見せ方とか。CGはやっぱり相当使われるんですか?